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二日目 難所(1) 「笹ケ滝山越え」

二日目  難所(1)「笹ケ滝山越え」を行く
 宿出発、57番浄源寺、65番光明庵、53番本覚寺、66番等空庵、68番松林寺、67番瑞雲寺、69番瑠璃堂、70番長勝寺、滝ノ宮堂、72番笠ケ滝、滝湖寺、73番救世堂、75番大聖寺→(車)宿二日目 難所(1) 「笹ケ滝山越え」_b0156451_21534366.jpg
 曇天、土庄の宿を出発、島全体を牛と見立てると、鼻先から頭頂方面へと北上する。北西からの強風で海岸沿いは波しぶきを浴びながらの歩行となる。歩行距離は計16km
弘法大師ゆかりの寺だから本尊は大日如来と思うと間違いで一寺のみで、やはり無病を願う薬師如来が一番多いようです。わが阿弥陀仏を本尊と奉る寺は19寺で比較的多い
例えば古い町並みに溶け込んで建つ、小さい無人の66番等空寺では、寺内はきれいに掃き清められ、立派な花も生けられ、また本堂には大きい軸「罪深き われと悟りて ひとすじに 願えや ねがえ 弥陀の力を」がある、賽銭箱の横にはお遍路さんの忘れ物か、法輪をデザインしたネクタイピンがそっと置かれている。何百年もの間、何万人もの信心深い島の人達がここに参り本尊を拝み、心を洗われた事でしょうか。このような妄想は楽しいものですが、時間の浪費でもあります。二日目 難所(1) 「笹ケ滝山越え」_b0156451_2212167.jpg

70番長勝寺、住職はおおらかな方です。「昼飯は食ったのか、弁当を持っているのか」。私「いや、非常食のドーナツで済ます予定です」。「丁度良いバナナを食べないか」とお接待を頂く。住職のお話では、田舎では真言宗であっても「なむあみだぶつ」を称える人が多い、宗派の違いに拘るのは了見が狭いとのことである。
 農道を歩いていると、車体を赤白に塗り分けたハイカラな自転車がやってきて話しかけられました。農具を積んだ70歳の話好きの男です、彼の人生のあらましは「15歳で島を出て、高松、大阪、大津でサラリーマン生活をしてきた、甘くなかった、いつも誰かの下で働き、芽が出なかった、ふるさとに帰って、姉と二人で田畑を耕している、幸せを感じている」との事でした。二日目 難所(1) 「笹ケ滝山越え」_b0156451_2231829.jpg



 71番に向かう急な山道を抜けると(写真2)車道に出ます、車もほとんど見ない山中の峠に向かう道です。後方から聴きなれない車の音が近づいてきました。 スズキの身障者用電気自動車で、荷物台には酸素ボンベを載せています、「こんな人気のない山中を、よくも、まあ」と驚いて、話しかける事になりました。85歳の男性です、左足関節痛をこじらせて腫上がっていて歩行不能、ピース缶を1日1箱50年続けため肺機能障害となり、検査すると肺房がドロドロで手術不能、片肺生活であるとの事です。しかし、いたって意気軒昂、愛車で独りドライブするのが趣味。1回充電で20km走行、6km/hで、10度以上の坂道では蛇行運転で乗り越えるそうです。この日は峠越えの土庄まで夫婦(夫人はバス利用)で買い物に行く途中で、先で合流して買い物し、荷持を運ぶのは男の役と余裕の態度です。もし事故が発生したら?と聞くと、島内はどこでも携帯電話が通じ心配不要で、人のサポートなしで不自由なく、悠々とのんびりと生活されている。私の10年後の姿かもしれない、参考にしよう。二日目 難所(1) 「笹ケ滝山越え」_b0156451_2261592.jpg
 村のはずれの71番から急峻な坂道を一気に登ると山頂に着く、ここからが有名な「笹ケ滝山越え」(写真1)で、石地蔵を目印に細い曲がりくねった尾根道を、鎖を頼りに一歩一歩慎重に東に進むと72番奥の院笹ヶ岳に着く、一息入れる間もなく(閉門時間が14時である)、ここからが約60度の礫場(崖といっても過言ではない)の下降が50m位続く、もちろん鎖はあるが足元がでこぼこ岩で真下の山門まで続いている(写真3)。先代の住職は慣れたものでこの礫場を、鎖を使わずに降りていて、遂に足を滑らせ大怪我をして、その後若い僧に役を譲った、難中の難所と言われている道でした(四国では石鎚山の岩場が有名ですが、その比ではありません)。72番にたどり着きます。
 平地に戻り、歩を進めると、白い50m余りの小豆島大観音(写真4)(仏歯寺)が山の端に見えます、これは主として観光用に昭和64年瀬戸大橋開設にあわせて建立されたもので、顔立ち、姿が良く、体内には頭部の展望台までいけるエレベーターがあり、最上階から見る景色は絶景とPRされています。もう少し歩くと本日のゴール75番です。

by houro-ki | 2008-09-03 12:36 | 小豆島遍路歩き150km  

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