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付録:仏教聖地概要

  付録:仏教聖地概要 
 釈尊の足跡をしたって  仏教聖地の巡礼
(インド政府観光局発行 [Find what you seek Incredible India] より)

 天竺への憧れ 過去1500年のあいだ、日本人の宗教と日本文化の精神の中核となってきた仏教。その仏教の開祖である釈尊が、お生まれになり、悟りを開かれ、法を説かれ、入滅された地インドを、日本人は古くから「天竺」と遠く仰いできました。しかし、かつての遠い遥かな国「天竺」も、今はジェット機でわずか9時間あまり。釈尊の足跡をしのばせる数々の仏教聖地は、世界各国の巡礼客で賑わっています。
 釈尊の誕生 釈尊は、約2500年前、ヒマラヤの南麓を領していたシャカ族のスッドーダナ王(浄飯王)の長子として、ルンビニー園でお生まれになりました。王の都は、ネパール国境近くのカピラヴァストウにありました。
 出家と成道 29歳で出家した釈尊は、真の幸福と無情の知恵を求め、師を尋ねて当時の新興マガダ国の中心部に赴きました。 しかし、いずれの師の説にも満足できず、ブッダガヤ近くでの6年に及ぶ苦行も実りませんでした。そこで苦行を中止し、近くのナイランジャナ河(尼蓮禅河)で水浴し、植物を摂っで菩提樹下で禅定にはいり、まもなく無上の悟りを開かれ、ブッダ(覚者)となられたのです。
 説法 バラナシは当時から歴史の古い都で、さまざまな出家修行者の集まる最大の宗教センターでした。その北郊の鹿の園(鹿野苑:ロクヤオン、現在のサルナート)で、釈尊はお悟りになった無上の法を初めてお説きになりました。これが初転法輪で、仏教教団の始まりです。以来45年間、釈尊は、マガダ国の首都で霊鷲山や竹林精舎のあった王舎城(ラジギール)、コーサラ国の首都で祇園精舎のあった舎衛城(シュラヴァスティ)、リッチャヴィ族の首都ヴァイシャリ、ゴーシタ園のあったヴァツア国の首都カウシャンビーなど各地で、多くの人々に教化され、80歳でクシナガラの地で涅槃に入られました。
 入滅 釈尊は、侍者アーナンダ(阿難尊者)を伴って王舎城から最後の旅に出られました。その途上、ヴァイシャリで雨安居(ウアンゴ)を過ごされたとき、重い病にとりつかれましたが、おそらく郷里のカピラヴァストゥに向かって、旅を続けられました。しかし、マッラ族の都クシナガラの郊外にお着きになったとき、二本のサーラの樹(沙羅双樹)の間に横たわられ、ついにここで入滅されたのです。これを祠っだ塔(ストゥーパ)を各地に建てて釈尊を偲び敬いました。
仏教聖地 釈尊の生誕、成道、初転法輪、入滅の地を四大聖地、これに王舎城、舎衛城と祇園精舎、ヴァイシャリ、サンカシャを加えたものを八大聖地と呼んでいます。

by houro-ki | 2017-03-10 22:07 | 自選エッセイ集  

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